こんにちは。まただいぶ間が空いてしまいました。
時が過ぎるのは早いです。さっき桜が散ったかと思えばもう咲いているし。
さて、今回は長らく決めかねていた過去のキャラクター分析記事の復活計画について、方向性がまとまったのでお話していきたいと思います。
Contents
コペルニクス的転回、今後の展開
結論:過去記事(キャラクター分析)復活の準備を進めます!
結論から言うと、過去記事は再び公開する予定で準備を進めています。
サイト構想の概要
なので当然、非公開中の記事をそのまま公開させるわけにはいかない。じゃあどうするんだよ?と言うと、これまで当サイト内で展開していた理論の説明(基礎記事)を、改めてきちんと整理してサブサイトで展開しようと思っています。
これまでまとめていた各心理機能の説明や主機能と劣等機能の関係性などの理論関係コラムも引き継いでいくだけでなく、各タイプの細かな解説など、これまで当サイトで行っていなかったことも改めて整理したいなーと思っています。つまり「基礎記事」と分類していたものがもう少し強固かつ豊富になるイメージです。
で、こうすることで、理論の情報ソースを示したうえでキャラクター解説記事を展開できるようになるため、少なくとも以前よりも誤解の余地は小さくなるはずだと思います。
そして、今後もメインで更新するサイトはこの『コペルニクス的転回』です。理論サイトは姉妹サイト的な関係性となり、キャラクター分析の根拠として理論サイトが機能するだけでなく、理論サイトに訪れた人が具体的事例としてキャラクター分析を参照することができるようにもなり、相補的に理解を深められる仕組みになります。視覚化するとこうなります。

経緯:なぜ再構成に至ったの?
非公開にしたときも私は「後ろ髪を引かれる思い」と言いましたが、私は自分の探求と著作物について、一定の価値と影響力があるものだとは自負しています。ニッチな分野だし、多くの人が見て称賛するような代物ではないけれど、自分の発信が誰かに与える効果について全く無自覚ではありません。
なので、あの時記事を非公開にしたのは必然で間違いだとも思っていないです。記事を公開しておけば作品やキャラクターへの誤解を与えてしまうことは避けられなかったし、悪影響を排除することと記事を公開しておくことは二律背反で、同時に成立させることが不可能でした。(これは今でもそうだけど…)
しかし、二律背反だからといってこのまま終わらせちゃおう、と思っていたわけではありませんでした。読者の方からいただいた「何回も読んでいたのにどうしてくれるんだ!」といったメッセージたちも私を思いとどまらせましたしね。
しかしながら、社会の潮流を私の力で変えることはできないし、どうすることもできず。さながらブロッケン山で出口を失ったような、暗中模索の状態が続きました。
私を動かした、エーステACT3観劇!
そんな中、大きなきっかけになったのは昨年のエーステACT3の観劇でした。
私はA3!の中でもACT3に本当に思い入れがあり、中でも11幕と12幕はこれまでに何度読んだかわからかないくらい繰り返し読んでいる、人生訓とも言える物語です。
そんなACT3を観劇してまず私が思ったのは「自分の文章が世の中に存在していたら、この芝居がもう少し別のものになっていた可能性もあったのだろうか」というifのシナリオでした。
これは決して彼らの演出や芝居が拙かったという意味ではなくて、この世界に存在したはずの「可能性の一つ」を、私はいま自分の内側にしまい込んでいるという現実の突きつけられでした。関係者の方がこのブログを読んだかどうかではなくて、読むかもしれないという「可能性」を自ら摘み取っていることを突きつけられたわけです。
私は自分の手でモノを書き、誰もが読める状態でそこに置くことの責任を自覚しています。だからこそ世間の流れを考慮して過去の分析記事を非公開にするという手段を実行した。でもその一方で「自分の文章が世の中に存在しないこと」が与える影響について、私は全く考えていなかったのです。
わかりやすい例えで言えば、目の前に道に迷っている人がいて、自分はその道の手がかりを知っていたとします。「この先を左だよ」と言えば相手はそちらへ向かうけど、黙っていれば相手はずっと迷い続ける。つまり、黙っているという選択もまた、相手の行動に影響を与えているということ。しかもこの場合、自分は正しい道の手がかりを知っているわけですから、「何もしていない」のではなく「敢えて相手を道に迷わせている」という意味にもなるわけです。
私が「自分の文章を世の中に存在させないこと」もこれと同じ論理です。自分の文章が目に触れる場所に存在しないということは、タイプ論のステレオタイプ化を私が助長しているとも言えるかもしれないし、生身の人間以上に人間らしいA3!のキャラクターたちが単なるフィクションキャラクターとして表面的に消費されてしまう可能性を助長しているとも言えるかもしれない。
私が私の記事をひた隠しにしていることは、何も価値を生み出さないゼロの存在どころか、望まぬ方向性に世界が進む力になっているというマイナスの意味も生み出してしまっているのです。
先を見据えた「黄天ノ種火」記事執筆。
そんなこんなで、上記エーステ観劇後に過去記事の復興を決意したうえで、前回の記事「黄天ノ種火」ストーリー解説に着手したわけです。なので、あの記事はもう結構未来を見据えて執筆していたということですね。(なので「筆者と同じ性格タイプの誉」という問題設定だった)
バカンの心理的概念を参照しながら約3か月かけての探求。私があの記事でやったことは、これまでのタイプ論ベースでは捉えきれなかった人間の動機を考察したものです。
つまり、タイプ論では誉の場合だと「物事の背後に潜む構造を直観し批判的に検証する」という意識の働きを志向することはわかる、でも逆に言えばそれ以外は扱えないということであり、そのタイプ論が取りこぼしている部分に焦点を当てて分析したわけですね。
これはタイプ論を批判したいとか使えねー概念だ!と言いたいわけでは全くなくて、「タイプ論は何にどう使えるか」そして「取りこぼすものは何か」を峻別する作業でもありました。要するに、再構築の一歩だったわけです。
今後過去記事を再構成していくにあたっても、タイプ論で検証できるところはこれまで通り検証しつつ、それだけでは捉えきれないものがあれば今回のバカンの二重性概念のように別の枠組みも参照する。こうすることで、より複雑で深い人間理解をすると同時に、少しでも学術的理論が「人間を簡略化するためのツールではない」ことを示していきたいです。
黄天ノ種火の記事は、その方向性を自分の中で確認するための一本だったわけです。
展望:どうやって再公開する?
これからサイトの再構成に着手していきますが、まずはベースとなる理論サイトのまとめから初めて、その後徐々にキャラクター分析の再編集をしていきたいと思っています。
私の計画では1年以内くらいにキャラクター分析24人の再公開まで進めたい希望です。でも24人だけだとこぼれてしまうタイプがあるからGOD座あるいは幸夫までですかね。あくまでも見込みであり期待です。私の言うことはあまり信用できないけど、目標がないともっとやらないですからね!とは言えベースはすでにあるのでそこまで時間がかからない可能性もあります。
そして、その間も現状のサイトでもコラムとか執筆していこうとは思いますし、タイプ論関係の記事も公開したくなればパスワード付きで限定公開にするなど何かしら執筆はしていきたいと思います。Xでも少しお話した通り、円の分析記事が書きたいので、果たしてどうするのか――についてはもう少し考えます。
あとサイトの再構築の進捗状況についても適時ご報告していく予定です。
総括:巨人の肩の上に立つ。
実はこの記事を書き始めたのが去年の秋頃だったので、約半年もかかってしまいました。自分でもびっくり。
再始動することはもっと前に決めていたので、再始動しますというお知らせ記事を書くだけなら半年もかからないはず。じゃあ一体、何が引っかかっていたのか?と言うと、この計画を自分の天命として本当に引き受けるのか?という決意の問題だったんだと思います。
サイトの構造を変えて記事を再公開する。それだけの話ではなくて、ユングをはじめとする先人が積み上げてきたものを自分の手で現代的な意味に持ち込み、現代の作品を通じて探求し続けるということ。それが何を意味するのか。どんな価値があるのか。半年かけて出した答えが、この記事でした。
この記事で書いたとおり、サイトの構造を変えて元通りのスタイルに戻すことにはなりますが、サイトの方向性が変わるわけではないです。やりたいことは根本何も変わってない。
とはいえ、記事を非公開にしてから今日までの間にも、大学での学びや読書、日々の経験を経て自分の中で積みあがるものが多くあり、昔の自分よりもう少し良い言葉で綴れるんじゃないかという手応えもあります。
私がやっていることは、ゼロから何かを生み出すことではなく、A3!の物語や先人たちの智慧の上に立って、そこから見える景色を自分の言葉で語ること。その対象への敬意を忘れず、より良いものを目指していきたいと思いますので、よろしくお願いします!










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