【4つのクアドラ】A3!で見る、心理機能とオーラルコミュニケーション~知覚機能編~

 

こんばんは!またもやお久しぶりになってしまいましたが、更新をお休みしている間にブログ2周年を迎えました。なかなか執筆する時間が取れていない状況ですが、ゆっくりでも続けていきたいと思います。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

とは言えこの記事を書くのに1か月くらいかかっているので、単純に文章についての迷いが出ているだけな気もしますが…(笑)




心理機能とオーラルコミュニケーションの関係性

先日ツイッターにて、Ni所持者の比喩的表現についてお話をさせていただきました。例に挙げたのはこちらの幸と莇の稽古会話だったのですが、これはなぜか私にとっては脈絡のない唐突な会話に感じて、スムーズな理解が得られなかったのです。

しかし!私がこんなに苦労して会話を理解したのにも関わらず、ガンマクアドラの方々はこの会話を何の違和感もなく理解していたことがわかりました。この会話の端折られた部分を感覚的に理解することができていたようです。(※逆に他のクアドラはこの会話にどこか違和感を覚えるという調査結果も!)

コミュニケーションの前提として、各個人の見ている世界をもとに情報を伝達したり相手に何かを要求したりします。ですから、私たちの世界の捉え方や判断のしかたの傾向を示した性格類型論もまたコミュニケーションの傾向を量るために役立つものではないでしょうか?と考えました。

ということで、今回はその中でも「世界の捉え方」に相当する、知覚機能とコミュニケーションに於ける特徴について考察していきたいと思います!

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MBTI表記に変換しています。

要素①知覚機能 ~知覚の縦軸・横軸~

ソシオニクスの要素①でもある、この知覚機能。知覚とは外界の事物を見分けたり捉えたりする働きのことです。

その知覚機能を大きく二つに分けた要素①が「大胆不敵(Se/Ni)」と「思慮深い(Ne/Si)」です。この二つの知覚機能には縦軸か横軸かという違いがあります。

いきなり縦軸とか横軸と言われてもさっぱりわからないかと思いますので、これから詳しく解説していきますね!

縦軸の「大胆不敵」(戦うクアドラ)―Se/Ni―

この特徴を持つベータクアドラガンマクアドラ縦軸の知覚機能を持ちます。
この【縦軸】という言葉の意味を辞書で引いてみると…

縦軸(たて-じく)

1 直交座標の縦の軸。y軸。

(比喩的に)時間の経過を縦と見て、過去から現在へのつながり。「先祖から今への縦軸として古典がある」⇔横軸。

縦軸(たてじく)の意味 – goo国語辞書

このような解説がなされています。
ここで私が言う【縦軸】とは2番目の赤文字で記載した意味です。過去から現在そして未来への時間の経過を「縦」と見ます。内向的直観(Ni)は別名“時間的直観”という呼び名を持ちますが、その名の通りこのSe/Niの機能はことの成り行きを知覚する機能です。

“大胆不敵”の人々は「起点(Se)は広く開かれているが、終点(Ni)は閉ざされている」という特徴を持ちます。 終点が閉ざされているということはまさに「時間的」です。反対に終点が開かれているNeは多角的な視点から物事を捉え様々な可能性を考える機能なのですが、実際に起きる出来事というのはそのうちの1つでしかありませんよね。そう、時間軸というのは必ずひとつです。サイコロを投げて出る数字の可能性は6つありますが、実際に出るのはそのうちの1つの数字です。何が出るかなんて実際に振ってみなけりゃわかりません。実に大胆不敵で潔いですね!

Seとは動的事象を捉える心理機能です。例えばSiがサイコロを見て「四角柱がある。それぞれの面には丸が描かれている。ひとつだけの丸は赤い」と対象の“ありさま”を捉えるならば、Seは「転がしてみよう!投げてみよう!瓶に入れて振ってみよう!」とし、その後どうなるのかという一連の“アクション”を知覚します。一般的に外向きの心理機能というのが外の世界と直接的に繋がる機能となりますので、外の世界に対して何かしらの働きかけがあります。

ですからこのSeというのは比較的アウトプット寄りな機能です。Siの知覚は「今ここにあるものの実態を把握する」というインプットを優先的に行うのに対し、Seの知覚はあくまでも「サイコロを投げる→いずれかの目が出る」といった“時間軸の移動”が前提としてありますので、サイコロの背格好がどうであるかを事細かに把握するよりも、とりあえず転がしたり投げたりしてみることを好みます。まずは動かしてみる!話はそれから!なのです。“思慮深い”の人にはこの行動は無鉄砲で危なっかしく感じるかもしれませんが、行動なしには結果は得られないというのがこのタイプの人たちにとっての道理です。

そしてNiとはSeの動作のその先にあるものですね。サイコロを転がすという「今すぐに試せるもの」がSeであるならばサイコロを投げた先にある「結果」がNiです。このNiにとっての「結果」とは皆さんの想像以上に長期的な視点で見た「結果」のこと。Seにとっては「行動をすれば結果を得られる」と考えるのですが、Niにとっては「インプットした結果に基づいて行動を選択する」と考えます。鶏が先か卵が先かという問題ですが、心理機能の秩序とはそういうもの。「大阪から東へ歩みを進めれば東京に辿り着く」というのがSeであるならば、逆に「東京に辿り着きたければ東へ歩みを進める」というのがNiです。ですから、両者がペアとしてひとくくりにされているのは、同じ時間軸を下から進むのか上から進むのかそれだけの違いでしかないからです。Ne/Siはそもそも時間軸を移動してすらいません(笑)

Se(外向的感覚)の「どうする?」は開かれていますが、Ni(内向的直観)の「こうなる。」は閉ざされています。

横軸の「思慮深い」(戦わないクアドラ)―Ne/Si―

この特徴を持つアルファクアドラデルタクアドラ横軸の知覚機能を持ちます。
この【横軸】という言葉の意味を辞書で引いてみると…

横軸(よこ-じく)

1 横に長い軸物。
2 直交座標で、左右方向にとる座標軸。
(比喩的に)時間の経過を縦とした場合、同じ時間を共有するさまざまな物事のつながり。「言葉は隣人とつながる横軸であると同時に、祖先とつながる縦軸でもある」⇔縦軸。

横軸(よこじく)の意味 – goo国語辞書

このような解説がなされています。ここで私が言う【横軸】とは赤い文字で記載された3番目の意味です。先ほどは時間軸を【縦軸】としましたが、この【横軸】では時間が経過していないので、同じ時空間内での物事のつながりのことを意味します。

“思慮深い”の人々は「起点(Si)は閉ざされているが、終点(Ne)は広く開かれている」という特徴を持ちます。
このタイプの考えは終点が広く開かれていますので、ひとつしかないはずの時間の終点に向かって移動するのではなく、あくまでも同じ時空間内で物事の特徴を把握したり、多角的な視点からひとつの物事を把握する――という知覚を持っています。サイコロを投げて実際に出る数字は1つしかありませんが、四角柱には6つの面があるので6通りの数字が出る可能性が存在します。そういった可能性を考え吟味する…そんな人々です。思慮深いのですから、そりゃあ慎重です。

Siとは静的事象を扱う心理機能です。先ほどの例に挙げました通り、Siは「四角柱がある。それぞれの面には丸が描かれている。ひとつだけの丸は赤い」と対象のありさまを知覚します。悟性(understanding)”という言葉がありこれは「対象を把握する能力」のことを言いますが、Siそのものかもしれませんね!ただ実態を把握するだけ。見てるだけ、聞いてるだけです。Siタイプが外の世界と直接繋がるための心理機能は判断機能(Te及びFe)なので、知覚機能Siは内向きのインプット特化型です。

そしてNeとはSiの反対側にあるものです。Siが悟性であるのに対し、Neは理性(reasoning)”と言えるでしょう。理性とは、悟性により把握した事象を元に推論する能力のことですが、Neの場合は推測のほうが先に来て、その予想の妥当性を確かめるために悟性的知覚を頼ります。サイコロのありさまを把握するのがSiなのであれば、サイコロが持つ可能性や与える影響を実際にサイコロを振らずに推し量るのがNeです。ありとあらゆる原理やトートロジー(自然の摂理のような絶対に真であるもの)など複数の前提を元に、持ち前の論理的思考で組み立て瞬時に仮説を提唱することができます。Neの行動はSiとは反対に終点から起点に向かうものですので、とても“試験的”です。答えを確かめるため、または新たな答えを得るために行動しているにすぎません。Neはアウトプット機能ですので、駆け引きじみた戦術的な会話や行動を通して推論の妥当性を確かめているのです

アプローチの方法がSi(観察)⇔Ne(推論)と違うだけでこの二者は同一の軸を移動しているに過ぎません。Siは石橋の石が崩れないか手前から一つずつ叩きますが、Neはあらかじめどの石がどの程度脆そうかという目星をつけてから叩くタイプです。ですから、結局のところ石橋を叩いてることには変わらない慎重派仲間というわけですね(笑)

“大胆不敵”とは逆に、Siの観察結果は閉ざされた「こうである」なのに対し、Neの推論とは「どうなる?」なので開かれています。では、これらがオーラルコミュニケーションのうえでどう作用するのかという本題に参りましょう!

縦軸と横軸のコミュニケーション

さて、ここまでの内容をふまえて各タイプの自然なオーラルコミュニケーションの特徴を探っていきましょう。あくまでも自然なコミュニケーションですので、意図的ではなく「自然とそうしていた」といったような無自覚的なコミュニケーションの傾向です。ですから対極のタイプと比べることで初めてわかることがほとんどです。

大胆不敵の縦軸コミュニケーション(ベータガンマ

起点は開かれている(Se)が終点が閉ざされている(Ni)このタイプは、結果や物事の成り行きを重視した会話をすることが得意です。動的な知覚を持つので、「何か出来事が起きたときにどうしたのか」また「私はどうしたいか(どうするか)」のように原因よりも結果を重視した話し方をしていることが多いです。

上記の幸(INTJ・ガンマクアドラ)の例「九門のサイズが変わった…。筋肉だるま、許さない」という表現はとても特徴的です。
“思慮深い”の特徴を持つ筆者はこの会話を「脈絡がなく唐突」と感じて理解に時間を要しましたが、それはなぜかというと横軸の説明が欠落している、また情報量が少ないからです。「九門のサイズが変わった」は、おそらく九門のフィッティングをしていたら前回よりサイズが増えていたことが推測されますが、幸はその説明をしていません。さらには「筋肉だるま、許さない」と話題がジャンプします。事情を説明されていない人からしてみれば、なぜいきなり丞の話になってしまうのかもわからず、それがなぜ幸をイラつかせたのかもわかりません。前提条件の説明を徹底的に省いて簡略化し、相手が動機を吟味する隙を与えていませんね。

ではなぜ幸はこのようなコミュニケーションを良しとしているのでしょうか?それは幸にとって横軸の説明は結果を得るために不要だから。これに尽きます(笑)
幸は莇に状況を把握して各個人の行動の動機を推測して欲しいわけではなく、莇に同じ「ムカつく」という気持ちを感じてもらう、つまり相手を動かすために会話を誘引しています。だから莇に「怒るな」と言われてもなお左京の話をして、莇に同情してもらうよう誘導しているのです。
莇も幸と同じINTJ型ですので、この幸の主張に対し説明の足りなさを感じないどころか「ムカついてるのはよくない」と結果を重視した回答をしているのも興味深いですね!何が起きたのかという具体的な内容はさほど重要ではなく、幸がどうしたら良いのかという建設的な方向に会話を進ませています。

このように“大胆不敵”は、「起きた結果」と「そこからの物事の成り行き」について話すことが得意です。ですから、この“大胆不敵”タイプは“思慮深い”タイプと比べると端的な表現をする傾向にあります。端的な表現とは、短くかつ要点をまとめてシンプルにわかりやすく物事を伝える話法のことです。“思慮深い”にとってはこれが説明不足のように感じることがありますが、会話の中で横軸の情報を補完することで状況を推測するための材料を得ることができるでしょう。

“思慮深い”の横軸コミュニケーション(アルファデルタ

“思慮深い”のコミュニケーションは“大胆不敵”とは対照的に前提や物事のルーツを重視した会話をする傾向にあります。静的な知覚を持つので、「起きた出来事の具体的な内容」また「何が原因でそうなったのか」のように結果よりも物事の起因やそこから推測される可能性を重視した話し方をする傾向があります。

“思慮深い”のコミュニケーションといえば、6人中5人がこのタイプで構成されている冬組の会話がわかりやすいです。
例えばミステリでの紬と誉なんかはアルファ同士の典型的な会話例でありますが、誉が主演を務めるうえで悩んでいた時に紬に相談する様子はとても示唆的なものでした。「自分が過去に書いた小説の内容」という体で紬にアドバイスを乞いますが、紬自身は薄々「誉さんは小説なんて書いてない」ということに薄々気付きながらも自分なりのアドバイスをしていました。
この時、誉自身は自身の悩みを小説の中の話に例えていますが、これはきちんとした理由があり、このようなまわりくどい表現しています。

Ne主機能により「どんな影響があるか」を自然と考えることができる誉は、ああ見えて自分の発言や行動が与える様々な影響を常に考えています。自分のちっぽけな悩みなんかを相談されたら紬は迷惑に思うかもしれないし、はたまたそうは思わないかもしれないし、自分の悩みを誰かに言いふらすかもしれないし、逆に墓場までこのエピソードを持ち帰ってくれるかもしれません。このように自分の行動ひとつをとっても様々な可能性があるわけです。
それでいて誉は直感だけで根拠のないもの信じない性格ですから、紬が信頼をおける人間であるというじゅうぶんな根拠が揃っていなかった…そんな状態での相談は非常にリスクを伴います。ですから、誉はリスクを取ったうえで「小説の中の話」という最も安全策である戦術を用いて、紬の出方を試していたということでしょう。

しかし紬は逆にこれに対し彼の著作をすべて読んでいる丞に小説を書いていないことを確かめ、嘘を責めるどころか「不器用で誉さんらしい」と愛らしさを感じていました。その悟性を根拠に誉がなぜ嘘をついたのかを推測することができたからです。「なぜ誉はこんな話をしたのか」という話の前提を考え、そこから誉の感情のルーツを推測していたのだと思います。結果だけを見たら誉はただの嘘つきかもしれませんが、相手を貶めるためについた嘘でなければそれは尊重されるべきものだと紬は考えていたのでしょう。

この他にも冬組は「互いの意図を事実情報から察する」ようなコミュニケーションが非常に多いことは特徴的です。

このように物事の前提や状況、ルーツなどの静的知覚をする“思慮深い”タイプは“大胆不敵”とは反対に、間接的な表現とその理解を得意とします。“大胆不敵”はこのような表現を「何が言いたいかわからない」と感じることがあるかもしれませんが、会話の中で縦軸の情報を補うことで直感的な理解を得ることができるでしょう。

 総括

先日台風が来た日にISFPの母親から「電車は動いてるの?」とLINEが来ました。私はそれに返答すると共に「お母さんはどうなの?」と質問したのですが、その答えが「家にいる運転手」だったんです(笑)どうやら、家に居る運転手=父親なので、父親の送迎で仕事に行けたという意味らしいのですが、公共の交通機関が利用できなかった旨など横軸の説明がされていなかったので初見では何が言いたいのかさっぱりわからず、一生懸命考察をしていました。面と向かっての会話だったら分かったことかもしれませんが、LINEなどの文字のツールとなるともっと大変なこともあるのではないかと思います。

このように私たちの日常の何気ないシーンでも、主張のすれ違いや齟齬が生まれています。私が母親の言っていることに対して「意味のわからないことを言っている」で終わらせなかったのも、我々が世界の捉え方や判断の仕方がまるで違うことを理解していたからです。違いを理解するというのは一見とてもくだらないようでその実とても役に立つものなのですね。

今回は“思慮深い”と“大胆不敵”の中でも特にアルファとガンマを中心にお話させていただきましたが、ベータとデルタも同様です。こちらに関してはTwitterでも補足説明をさせていだければと思いますので気長にお待ちください。




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「あなたの日常に、コペルニクス的転回を」をコンセプトに、独自の視点で情報発信をしています。 取るに足らないようなありふれたコミュニティーやカルチャーの研究、分析など。