【ソシオニクス】ベータクアドラの価値観から春組イベストの特徴を検証!

 

こんばんは!北海道で大きな地震がありましたね。このブログを読んでくださっている方にも北海道の方がいらっしゃると思いますので、どうかお気をつけて…!

さて今回は春組の考察です~!秋組第5回公演の記事もぼちぼち作成していこうとは思うのですが、ある程度各組のイベストが出揃ってくると目には見えないパターン性が見えてくるものです。ということで春組イベスト総まとめ的な感じで今回は真澄、綴、至の3人に焦点を当てた考察です!

“分かりあえないことを分かりあった”春組のストーリー

過去のイベストおさらい

今回は春組のストーリーの中でも以上の記事でも取り上げている

  • 『不思議の国の青年アリス』 主演:碓氷真澄
  • 『ぜんまい仕掛けのココロ』 主演:皆木綴
  • 『Knights of Round IV THE STAGE』 主演:茅ヶ崎至

以上の3作品をピックアップしていきます。




主演の3人の共通点は「ベータクアドラ

ISTPの真澄、至、そしてINFJの綴。この3人はソシオニクス・クアドラで言うところのベータクアドラです。

要素①大胆不敵(Se+Ni)、要素②コメディ(Fe+Ti)を持つ「共闘」的な価値観を持つグループです。
戦う(大胆不敵)+群れをなす(コメディ)で野生動物の「オオカミ」に例えました。

「大胆不敵(Se+Ni)」なので行動に価値を見出します。そして「コメディ(Fe+Ti)」なので仲間意識が高いです。集団の中の個人よりも集団の全体に目を向ける傾向にあります。真澄と至は同じISTP型ですが、INFJの綴は違うタイプなのに何故?と言うのはパーソナリティ形成に大きく関わってくる自我と超イド(MBTIの心理機能)を形成する心理機能が同じなので価値観が似てくるという理論です。

ISTPの心理機能→TiSeNiFe
INFJの心理機能→NiFeTiSe

このように優先順位にバラつきがあるものの、構成する心理機能は同じです。
新規機能を人生の持ち物に例えるなら「必要なものをリュックに詰めてください」と言われたらこの3人は同じようなものを詰めている・またそれを必要とするということです。

1.不思議の国の青年アリス

主演の真澄・準主演の至が共にISTP型なのでわかりやすくベータクアドラの価値観が表れています。
真澄の名台詞「分かりあえないことを分かりあった」これには深く様々な意味合いがありますが、自我の持ち方の違い以外にも、そもそもISTP型が相手を理解・尊敬していることを表向きに表現するといった性格タイプではないというところも反映されています。(Feが劣勢なのでお分かりかな!)
この二人は一見「分かりあえてない」ように見えてすごく似たもの同士です。「分かりあえないことを分かりあってる」からこそ、お互いに無遠慮で好戦的なコミュニケーションが出来ているとも言えますよね!特に至にとってはアグレッシブな部分を見せたコミュニケーションが取れる相手というのはとても貴重です。(同じベータクアドラであるESTP型の万里にもこのアグレッシブさを見せています)

さて、そんなこのイベストの結末ですが真澄が至のおかげで無事に本当の自分を取り戻していつものように皆にお芝居のダメ出し。でも他の皆も「真澄はこうでなくちゃ!」と素直に物事の指摘ができる真澄のことを彼の良さと認めて公演を成功させました。また、会話劇とのことで準主演の至との掛け合いもすごくリズミカルになりましたね。
しかし、そこに到達するまでに二人の間にはお互い明確な謝罪もなければ互いの意識の確認もありません。これは正反対の価値観を有するデルタには「誠意がない」と感じるかもしれませんが、ベータはNi-Seであり「実際行動」主義なので、目的の行動を共通の意識で遂行する=共闘するということがベータにとっての最大の誠意です。まさに『不思議の国の青年アリス』はそんなベータクアドラ(とりわけISTP型)の価値観を存分に表現したイベントストーリーでした!

余談ですが、エピローグで至と真澄がギャルゲーをするお話…ここはESTP型の万里が登場するのもありとってもベータっぽさ全開でしたね!至にとって真澄への「仕返し」も立派なコミュニケーションです。それを分かってか真澄もきちんとそれに行動で応えています。また、「ゲームが好きな至」と「監督が好きな真澄」でうまい具合に目的が一致しているのもあり、立派な共闘になっているんですね~。こうした共闘コミュニケーションで絆を深めていきます。
おまけにもうひとつ余談。この公演のテーマ曲である『ワンダーランド・ア・ゴーゴー‼』の中に出てくる「ロジカル フィジカル」がロジカル=Ti、フィジカル=SeでISTPだな~~と思いました (くだらない)(でもすごい)

さて話を戻しましょう!大きな特徴としてこのストーリー「大円団のハッピーエンディング!」といった目に見えた多幸感がありません。そもそも「分かりあえないことを分かりあった」って、分かりあってないってこと!?っていうツッコミがあったくらいです。もう何もかもが丸くおさまってハッピー!といった終わり方ではなく、「まあ一応は丸くはおさまったのか!?」くらいの曖昧なものです。そしてとてもカラっとしているところも何ともベータらしいです。

そしてこれはこれからお話する2つのストーリーにも共通してくることなのです。

2.ぜんまい仕掛けのココロ

前回STPだった主演準主演に打って変わって、主演の綴は同じベータクアドラでもNFJです。
Ti+SeのSTPと違いNFJはFe+NiになりますのでSTPの二人とは性格の特徴が違ってきます。ちなみにENFJ型の監督もベータです。(Fe→Ni→Se→Ti)

このストーリーは綴の子ども時代のお友達である水野茅さんという人物が登場します。(下の名前はファンブックに載っています!)
綴との約束を果たせぬまま、転校を余儀なくされた水野は「綴くんに会わせる顔がない」と、直接会うことを拒みその代りにファンレターを送ります。そして公演を見に来ていた水野を劇場で見つけ綴が駆け寄るも、まともに取り合ってはもらえませんでした。あくまでも水野は綴の元友人であり熱心なファンなのです。
中には「お互いに分かりあってるんだから仲良くしたらいいじゃん?」と思われた方もいらっしゃると思います。この二人はいささか価値観に齟齬がありますが、綴は誠実な水野のケジメをしっかり受け取らざるを得ませんでした。もう二度と話すこともないだろうけど、それでも水野のことを友達だ!友達で在って欲しい!と、綴は信じているのです。

察しの良い方もそうでない方もそろそろお気づきかと思いますが、このお話もある意味「分かりあえないことを分かりあった」ということなのです。アルファの筆者が綴の立場だったら「私はあなたに感謝しているけど、会話することが叶わないなら友達で居ることは難しいかも…」と感じるかもしれません。アルファは主に知的な会話のやり取りから絆を形成するクアドラですからね!

一方でベータというのはアルファの「知的な会話」の部分が「行動」に変わります。綴にとって「水野の気持ちに脚本で応えること」が絆になります。会えなくても、会話がなくてもベータの絆は成立するとも言えます。相手との関係性が自分の行動のサポートや原動力になることがとても重要なのです。そういった観点で見ると、物語中盤で至が綴に対して行った脚本に対するアドバイスも綴にとってとても有意義なものであったかと思います。

そして、綴と水野の互いの一方通行な会話で終わるぜんまいの本編も「大円団のハッピーエンディング!」という印象はありません。むしろ多幸感は青年アリスより薄れており、切ない終わり方ですよね。(おそらくこれは、綴がベータなのに対して水野がデルタだからだと思います) でも、それがとても美しいのです。海外で言うところの“Wabi, Sabi and Shibui”といった日本の美的感覚を刺激されるものですよね。エピローグでカラッとコメディ風にまとめているところも青年アリスととても似ていますね!

3.Knights of Round IV THE STAGE

そして最後はISTP型の至が主演のナイランです。ナイランのことは感想記事にいろいろと書いたので重複するところがありますが、見たところ至の学生時代の友人である外岡も同じベータクアドラかと思われます。

公演を終えた後、至と外岡が会話をするシーンではお互いの人生の価値観がとても良く表れていますね。彼らこそまさに「分かりあえないことを分かりあった」に相応しい関係でしょう。そしてぜんまいのところでも述べましたが、相手との関係性が自分の行動のサポートや原動力になるということも、当関係性では両者とも満たされております。至の存在が外岡を奮い立たせ、外岡の存在が至を奮い立たせる。これは「分かりあえる関係性」では成立することはなかったでしょう。表面上は見えませんが、この二人はもう二度と互いに分かち合うことはなかれども立派な絆があると筆者は捉えております。綴と水野の関係性と同様に「行動」で応えるのが礼儀。だから外岡も至も相手を分かろうとしなかったことが良かったとさえ思えます。謝罪をしたらそれこそ、この二人の共闘関係はそこで終わっていたかもしれません…。

そして青年アリスで形成された真澄と至の「分かりあえないことを分かりあった」関係もしっかり絆が形成されていることを確認することができます。真澄の発言を捉えていくと至のことをよく監察し気にしていたことは分かりますが、一貫して至に厳しい真澄の発言も、分かりあえないことを分かりあってるからできることです。あの頃は一悶着あった二人ですが、お互いぶつかりあったからこその関係性が出来上がったんだなーと思います。

物語のラストがこれだったので「大円団のハッピーエンディング!」度は過去の2つよりも極めて低めになりました。ぜんまいのラストは綴のNiにより「きっと俺たちは離れてても友達だ」というポジティブさ(綴の理想論ですね)がありましたが、ナイランに関してはそれもなし。各所で感想などを拝見させていただいても、ここの価値観に対して肯定できないといった旨の意見もかなり目立っていたように感じます。

意味のないことなんて何もない どんな時間もきっと無駄じゃない

これは綴のキャラクターソング『ダンデライオンのあくび』の出だしの歌詞を少しもじったものですが、こうしてイベストを振り返るとまさにベータの価値観だなぁと思えてきませんか?
大きな失敗・傷付いた経験・後悔…これらのマイナス要素の闘争もエネルギーにしていくのは行動主義の「大胆不敵(Se+Ni)」の特徴。そして独立した並列つなぎの人間関係を結ぶ「コメディ(Fe+Ti)」の特徴。これらが合わさったものがベータの価値観です。特に言葉での説明が難しいNiという心理機能は、時間的直観と言い換えられます。わかりやすい(?)Neに対してNiは「未来はきっとこうなっているはずだ」「未来はこうなっていて欲しい、なっていてくれ!」という個人的な願いも込められている直観です。だからその裏側にフィジカル(物理的な力)なSeがあるんですね。未来がこうなっているためにはフィジカルが必要です。待っているだけじゃ獲物は獲得できない、だからベータは行動と言う名の狩りに出るのです!そしてその行動を通して群れを形成するような仲間意識があります。だから分かりあえなくても、分かりあえないことを分かりあっていればそれでいいのです。行動する上でも仲間になる上でも、「分かりあえないこと」は何ら差し支えはありません。(そして「分かりあえないこと」が心の引っかかりになってしまうのは、逆の価値観を持つデルタです)

しかしデルタの方々もこういったベータの特徴を把握していくことで少しずつベータのことを理解し、上手く付き合っていくことができたらいいなと思います。冷たいわけではないし、これが彼らなりの正義なのです。

総括:価値観を「学ぶ」ということ

類型論…とりわけソシオニクスクアドラを学んで行くと、概略的ではありますが様々な価値観があることにびっくり!することもありますよね~。筆者はアルファクアドラなのですが、やはりこのベータの「行動主義」な部分(大胆不敵の要素)は自分にないので理論的に理解することはできますが、自分が同じことできるかと言ったらなかなか出来ないです(笑)というかやろうと思っても挫折しちゃうんです。結局自分には思慮深く生きるほうが合っていると言うことですね。

価値観を理論で知るということは、意味が分からないなと思っていた相手に対して「あくまでもこれは相手なりの価値観であり、悪意があるわけではない」と理解していくキッカケにもなるかと思います。知らないよりは、もちろん知ってたほうが良いです。悪意がないのに齟齬が起きている人間関係のトラブルというのは実際にも多いものです…!

この観点で見ていくと、デルタ多めの夏組やアルファ多めの冬組も何かしら特徴がつかめてくるかもしれませんね!なにか発見したら、また書きたいと思います~!!




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